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Teploobmen’s diary

興味のあること、調べたことなど、雑多にまとめていきます。調べている内容の途中経過を書くこともあります。

商店街と活性化―守りたいのは商店街か、利権か

bosatonozyougi.hatenablog.com

 ぼさとさんの記事を読んで「活気のある商店街」と小耳に挟んでいた吉祥寺の商店街に行ってみた。とても活気のある商店街だったが、恐らく「商店街活性化の事例」などには載せられないだろう。なぜなら、いわゆる「さびれた商店街」とは違い、メインストリートの大部分を巨大資本が占めていたからだ。

1.巨大資本と個人商店

 うそだと思うのならGoogle マップスクリーンショットを見てほしい。

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 では商店街は巨大資本に牛耳られ、個人商店は残らず淘汰されてしまったのか?

―安心してほしい。数は少ないが、個人商店もちゃんと生き残っているようだ。(これは私の推測だが)むしろ巨大チェーン店に引き寄せられ、人の量が増えたことによって、個人商店にも人が流れていっているようにも見えた。

 

2.吉祥寺から何を学ぶべきか

 つまり、そもそも個人商店の立ち並ぶ旧来型の商店街では集客力に限りがあるのだ。確かに、「地域のコミュニティ」だの「買い物弱者保護」だので近場に多様な店があった方が良いに越したことはないだろうが、限界がある。また、同じものを買うのだったら消費者は当然安いものを買うのだから、資本力に劣るという点で商店街はそもそも無理がある。というか仮に「高齢化が進んで足腰が弱ってきている人たち」が「歩いていける」距離の商店街に継続的に通うのかははなはだ疑問だし、それらを担う存在が「商店街」でなければならない理由もない。

 ならば多様な巨大資本に競争をさせて広告やらセールやらを行わせ、地域客、観光客問わず人がガンガン流れるようにし、その合間合間のニーズを個人商店が埋める、というこの状態*1は合理的だ

 

3.守りたいのは商店街か、利権か

 勿論、「吉祥寺」という土地が持つ集客力、住民の数などは差し引いて考えるべきだろう。しかし、「既存の商店街」という利権*2を維持する必要があるのだろうか?「既存の商店街」に存在理由はあるのだろうか?「既存の商店街」は何のニーズを満たしているのだろうか?というか「既存の商店街」を語る上で消費者のニーズは考慮されているのだろうか?・・・まあ私としては私のニーズを満たしてくれるならばどちらでもよいが。
 今後も商店街の淘汰は続くだろう。それは高齢化が原因かもしれないし、地方の衰退が原因かもしれない*3。しかし、これだけは肝に銘じておくべきだろう。変化を厭う者は、これを厭わぬ者によって滅ぼされる*4

*1:「商店街そのもののショッピングモール化」とでも呼ぼうか

*2:というか最早「意地」の方が近いかもしれない

*3:東京の商店街もところによっては衰退しているので正直これらが主原因ではないと思うが

*4:クラウゼヴィッツ「戦争論」をもじったもの。最近色々なところでよく使う